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応仁の乱から戦国時代へ。先の見えない不安が世の中を覆っていた時代に、“なぜ生きる”の答えに命を懸けた男たちがいた……。歴史アニメ「なぜ生きる——蓮如上人と吉崎炎上」は、シリーズ100万部突破の大ベストセラー書籍『なぜ生きる』の映画版である。800年前に、親鸞聖人によって明らかにされた浄土真宗が、なぜ蓮如上人の時代に、爆発的に日本中へ広まったのか。信長、秀吉、家康を恐れさせるほどの団結力は、どこから生まれたのか。その謎を解く鍵こそ、1474年に起きた吉崎炎上である。“なぜ生きる”という問いかけは、大災害やテロにおびえ、子育てや介護などに悩む現代の私たちにとっても、切迫した問題である。全ての人を生き苦しさから解き放つ“なぜ生きる”の答えとは!

ストーリー

不遇を嘆き、寺や坊主を嫌っていた青年・了顕は、もうすぐ生まれてくる子供に希望を託していた。不幸な事故が、そんな了顕から全てを奪い去ってしまう。自暴自棄の日々、暗闇にもがき苦しんでいた了顕が出会うのは、蓮如上人の法話であった。そこには、親鸞聖人が明らかにした“なぜ生きる”の答えが示されていた。次第に引き込まれ、心の迷いが晴れた了顕は、蓮如上人の弟子となる。参詣者が増える一方の本願寺は、他宗派からの恨みを買い、蓮如上人と了顕たちは京都を追われ、新たな布教の地を求め、北陸の吉崎(福井)にたどり着いた……。

キャスト・スタッフ
蓮如上人 里見浩太朗

了顕 小西克幸 法敬房 田中秀幸


千代 藤村 歩 道宗 関 貴昭


助六 真殿光昭 キヌ 前田敏子 ハナ 頼経明子 蓮祐 陰山真寿美 半兵衛 河本邦弘 了顕(子供時代) 東内マリ子 助六(子供時代) 大井麻利衣

   語り 鈴木弘子



プロデューサー 追分史朗
脚本 高森顕徹 脚本補 和田清人 / 平野千惠
監督 大庭秀昭
プロデューサー野口和紀 アニメーションプロデューサー秋田雄一郎 キャラクターデザイン河南正昭 美術監督稲葉邦彦 色彩設計松本真司 撮影監督近藤慎与 3DCG監督今垣佳奈 編集松原理恵 音楽長谷部 徹 音響監督本田保則 リレコーディングミキサー(整音)山本逸美 スタジオエンジニア越智美香 ミュージックエディター(選曲)小西善行 サウンドエディター(音響効果)伊東 晃 フォーリーアーティスト(音響効果助手)飯島啓実 アシスタント ミュージックエディター(選曲助手)村上昌志 音楽ディレクター吉村洋平 音楽レコーディングエンジニア秦 正憲 / 稲葉 武 音楽ミキシングエンジニア宮澤伸之介 音楽レコーディングアシスタントエンジニア石塚陽大 音楽ミキシングアシスタントエンジニアJeff Gartenbaum 音楽レコーディングスタジオSoundCity / Miracle Bus Studio 音楽ミキシングスタジオStudio416 プレイヤーズコーディネート杉山葉次(Witchcraft) プロダクションマネージメント中道秀夫 / 小森基史 / 山﨑文子 プロダクションアシスタント佐々木侑弥 アフレコ録音菊池秀人 アフレコ録音助手藤林 繁 / 嶋田 正 録音スタジオアオイスタジオ / テクニカランド 題字・書木村泰山 水墨イラスト茂本 ヒデキチ オープニングタイトル宮代 慎 CG制作小谷洋輔 協力日活スタジオ / 青二プロダクション / 賢プロダクション 宣伝プロデューサー西 利一郎 配給スールキートス
歴史背景
(1)親鸞聖人と「浄土真宗」
教科書には、「浄土真宗の開祖は、親鸞聖人」と書かれています。
しかし、親鸞聖人は、「浄土真宗を開いたのは法然上人であり、浄土真宗とは『阿弥陀仏の本願』の別名である」と明言されています。
親鸞聖人には新しい宗派を立てる気持ちは、少しもなかったのです。
どんな人をも本当の幸福に救う「阿弥陀仏の本願」のことを、親鸞聖人は「浄土真宗」と言われていたのです。

(2)本願寺の設立
京都に「本願寺」を設立されたのは、親鸞聖人の曽孫である覚如上人でした。
親鸞聖人がお亡くなりになったあと、「阿弥陀仏の本願」を、誤解、曲解して伝える人が多く現れました。
その現状を嘆き、親鸞聖人の教えを、正しく伝えるために、覚如上人が「浄土真宗」という名で、新たな教団を設立されました。活動の拠点として、京都の親鸞聖人の墓所に建立された寺院が「本願寺」なのです。
寺院といっても、本堂が三間(約6メートル)四方の、小さな建物でしかありませんでした。


(3)蓮如上人の登場
本願寺のトップを、当時は「法主」といいました。
覚如上人は自らを3代目と定め、初代が親鸞聖人、2代目が親鸞聖人の孫の如信上人とされました。
あくまで親鸞聖人の教えを、正確に、より多くの人に伝えるために、このような組織を作られたのです。
そして、この映画の主人公・蓮如上人は、8代目の法主として歴史に登場されます。
「法主」と聞くと、偉い坊さんで、雲の上の人のように感じるかもしれません。しかし、蓮如上人は、民衆の中に飛び込んで、共に笑い、共に泣き、共に語り合われた方です。その人柄を表すエピソードの一つとして、この映画には、蓮如上人が、赤ん坊のおしめを洗われているシーンを入れました。
「そんなことまで、されるはずがない」と思われるかもしれませんが、蓮如上人の言行録として有名な『御一代記聞書』に記されています。


(4)本願寺の爆発的な発展
蓮如上人が法主に就任される前の本願寺は、実に、さびさびとした状態でした。本願寺へ来た門徒が失望のあまり、帰り道には別の寺の門徒になった例もあるほどです。
しかし、蓮如上人が43歳で、本願寺8代法主に就任されるや、様相が一変します。
蓮如上人の法話を聞きに来る人が、急速に増え、本堂に入り切れなくなったのです。そのため、本堂の増築工事が、繰り返し行われました。
ここで、寺の本堂の目的を確認しておきたいと思います。
普通の仏教の寺院では、本堂を使う時は、葬式、法事とか、年に何回かのイベントや儀式で読経する時ぐらいでしょう。
浄土真宗の場合は、本堂を使う目的が、全く違います。本堂は、法話を聞く場所なのです。しかも、多くの人が参詣し、前方から正座して座り、姿勢を正して真剣に法話を聞く場所なのです。
法話は、朝、昼、夜と、続くこともあり、何日も続くことが多くあります。
(真宗王国といわれる北陸では、昭和の中頃まで、365日、いつでも法話が行われている寺が、いくつもありました)
蓮如上人は、京都の本願寺で、ご自身の体力が続く限り、法話に立たれていたことは、いくつもの文献から明らかです。
本願寺には、「もっと聞かせていただきたい」という人が、繰り返し参詣するようになりました。
仏法は、「これだけ聞いたから分かった」という知識欲で聞くのではありません。「なぜ生きる」という、自身の大問題について、聞かせていただきますので、繰り返し聞かずにおれなくなるものなのです。
では、蓮如上人が、どんな話をされたから、それほど多くの人が集ったのか。そこを再現するのが、今回の映画の最も重要なポイントでした。
里見浩太朗さん演ずる蓮如上人の法話を、ぜひ映画で、お聞きください。


(5)沸き起こる非難攻撃
当時、日本の仏教界で、強大な勢力を持っていたのが、最澄が開いた天台宗延暦寺でした。天皇や朝廷、幕府をも恐れさせる強大な力を持っています。その拠点は、京都の北東にそびえる比叡山でした。
寛正6年(1465)1月10日。比叡山延暦寺の僧兵が、大挙して京都の本願寺を襲撃しました。蓮如上人の命を狙い、建物を全て破壊して去って行きました。
この歴史上の事実は、何を表しているのでしょうか。
象のような巨大な宗教団体・比叡山延暦寺が、なぜ、アリのように小さな本願寺を、襲撃したのでしょうか。なぜ、蓮如上人の命を、執拗に狙ったのでしょうか。
比叡山の檀家が、次々に離脱して、蓮如上人の法話を聞きに行くようになりました。これまで比叡山へ寄付をしていた商人が、本願寺門徒になったため、収入が減ってしまいました。権力者の中にも、本願寺へ参詣する者が出てきました。
比叡山は、「このままでは、日本中が浄土真宗になってしまうのではないか」と危機感を抱いたのです。
巨大な伝統教団が、それほど強烈な恐れを抱くほど、蓮如上人の本願寺は、急速に発展したのでした。


(6)北陸へ、吉崎へ
比叡山の僧兵の暴虐ぶりは、この映画の冒頭から、印象深く描かれています。
蓮如上人は、それでも、「法話を聞きたい」という人があれば、どこへでも赴いて説法されました。しかし、人が集まると、すぐに僧兵が見つけて襲ってきます。
文明3年(1471)の初夏、蓮如上人は、北陸へ向かう決意をされました。
危険の多い近畿地方で法話を続けるよりも、参詣者が、静かに、安心して仏法を聞くことができる場所へ、拠点を移されたのです。
聞法のための本堂建立に適切な場所として選ばれたのが、現在の福井県と石川県の境に位置する「吉崎」でした。
吉崎山という小高い台地が、湖に突き出ています。
この山上に、大寺院が建立され、「吉崎御坊」と呼ばれるようになりました。


(7)吉崎御坊の繁栄
水面に投じた波紋が広がるがように、越前・加賀・能登・越中の北陸地方はいうまでもなく、越後(新潟)、信濃(長野)、出羽・奥州(東北)からも、「安心して法話を聞ける本堂が完成した」と伝え聞き、日ごとに参詣者が増えていきました。
参詣者が増えるにしたがって、「多屋」と呼ばれる宿泊施設が建てられていきました。遠方から訪れた人たちは、何日間も滞在して、蓮如上人の法話を聞いていきます。
わずか数年のうちに、吉崎御坊周辺に、200近い多屋ができたといいます。
蓮如上人は、次のように書き残されています。
「あら不思議や、一都に今はなりにけり。そもこれは、人間のわざともおぼえざりけり。ひたすら仏法不思議の威力なりしゆえなり」
人気のない土地に、数年で200軒もの旅館が建ったようなものです。蓮如上人自身が、「なんと不思議なことか。まさに、阿弥陀仏の偉大なお力の賜物だ」と感嘆しておられるのです。
吉崎御坊跡地


(8)吉崎炎上
吉崎御坊が繁栄すると、またもや、他宗、他派からの、妬み、そねみが激しくなりました。
時代は乱世です。京の都は、戦のちまたと化し、越前・加賀も、戦乱の圏外ではありません。何が起きても、おかしくない世相でした。
不穏な空気が漂う中、ついに大事件が起きました。
文明6年(1474)3月28日、風の強い夜でした。吉崎御坊の南大門あたりから、突然、火の手があがったのです。不審火であり、放火だといわれています。大本堂は、たちまち猛火に包まれました。
この大火災の中で、蓮如上人に何が起きたのか。
弟子の本光房了顕は、どういう決断をしたのか。
この映画のクライマックスです。
本光房了顕が、非常事態の中でとった行動は、吉崎御坊が炎上してから500年以上たった今日まで、寺の法話、講談、浪曲など、さまざまな形で語り継がれ、大衆に感動を与え続けてきました。
長い間、多くの人々に親しまれてきたドラマが、今回、初めて劇場用アニメーション映画として、あらゆる世代が、涙せずにおれない感動作に仕上がったのです。ぜひ、ごらんください。

予告編
上映館情報
劇場名公開時期前売り券
東海・信越・北陸
富山
TOHOシネマズ高岡
050-6868-5020
2017/5/27
〜6/2
蓮如上人と歎異抄
(1)古典としての『歎異抄』
『歎異抄』は、日本の古典の中でも、最も人気の高い作品の一つです。
美しい文章に引かれ、音読する人が多い本です。
同時に、「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」のように、謎めいた衝撃的な文章にあふれ、その深さは計り知れません。
これが、多くの文学者、哲学者を魅了してやまない原因でしょう。

『歎異抄』は、親鸞聖人が亡くなられてから20年ほどして書かれた本です。親鸞聖人の教えと異なることを言い触らす者がいることを嘆き、その誤りを正そうとして書かれたものです。そこには、「親鸞聖人から、私は、このようにお聞きしました」という形で、親鸞聖人の言葉が、生き生きと記されています。


(2)蓮如上人の法話の中に
この映画の中でも、蓮如上人は、法話の中で『歎異抄』の一節を引用して、次のように述べておられます。

蓮如上人「親鸞聖人はね、そんな妻や子供や金や財産などは、みんな大海に浮いている、板切れや丸太ん棒だと言われてますよ。みなさん親鸞聖人の、常の仰せをご存じでしょう。『よろずのこと、みなもって、そらごとたわごと、まことあることなし』と、断言されています」

この断言に驚いた聴衆から、思わず、ざわめきが起きます。
妻や子供や金や財産は、すべて「そらごと、たわごと」「まことあることなし」と断言されたら、誰でも、反発したり、衝撃を受けたりするでしょう。
それほど奥の深い内容が、流れる美文で、心地よく響いてくる、不思議な古典が『歎異抄』なのです。


(3)『歎異抄』を封印された蓮如上人
『歎異抄』には、著者の直筆は残っていません。
現存する最古の書写本は、蓮如上人が書かれたものです。
蓮如上人は、『歎異抄』を、全文、書き写されるほど読み込まれていたことが分かります。
そのうえで、蓮如上人は、「誰にでも見せてはならない」と奥書に明記して、蔵の中に封印されました。
なぜかというと、親鸞聖人の教えを正しく理解した人が読まないと、とんでもない誤解をするところが多いからです。
例えば、カミソリは、大人にとっては便利ですが、子供が持つと自分の手を切ったり、周りの人を傷つけたりしてしまいます。重宝ですが、非常に危険なものです。
まさに、『歎異抄』も、カミソリのような書物なので、「カミソリ聖教」と呼ばれています。
蓮如上人が封印されてから500年後、明治時代の終わりに、ある機縁で蔵の中から『歎異抄』が取り出されました。
すると、たちまち多くの人に広まり、「親鸞聖人といえば『歎異抄』」とまでいわれる、超人気の古典になったのです。
著者からのメッセージ
この映画は、まさに、命のメッセージ!
生きる意味を必死に探し求める青年・了顕は、今を彷徨う私たちの姿・・・
精神科医 明橋大二

精神疾患を患い、「世界が終わったような生活を送っていた頃に残されていたのが音楽と今の仲間だった」ことから、Fukaseが名づけた「SEKAI NO OWARI(世界の終わり)」という名のバンドは、ポップな曲に似合わぬ重い歌詞で、多くの若者の共感を得ています。
私の診察室にも、「何のために生きなきゃならないか分からない」「どうして死んではいけないの?」と問う人が、大人子どもを問わず、毎日のようにやってきます。
目的地なしに走り続けることが地獄であるように、目的なしに生きることほど、苦しい人生はありません。
「何のために生きるのか」「生きている意味は何か」
これは、人類永遠のテーマであると同時に、現代を生きる私たちにとって、極めて切実で、リアルな問題でもあります。
むしろ、かつては巧妙に目隠しされていた現実が、ネットや情報技術の発展によって、白日のもとにさらされた、それが現代だといえるかもしれません。
だからこそ「なぜ生きる」を問うたこの書が、発売十五年を経過してなお、老若男女の共感を呼び続けることになったのだと思います。
このたび、この『なぜ生きる』が、「吉崎炎上」という歴史上の事実をもとに、映画化されました。
舞台は、今から五百年前ではありますが、この世の激しい無常を知らされ、生きる意味を必死に探し求めた青年の姿は、今を彷徨う私たちの姿と、まるで二重写しのようです。
一人でも多くの人に、この命のメッセージが届くことを願ってやみません。





この映画は、本物の生きる勇気を届けます
「なぜ生きる」の答えを知れば、どんなにつらく、苦しくても、生きる力がわいてくるのです!
哲学者 伊藤健太郎

何も信じられなくなった今日、真の希望があるとすれば、「なぜ生きる」の答えではないでしょうか。
私たちは何のために生まれ、生きているのか。どんなに苦しくとも、なぜ生きねばならないのか。生きる意味も理由も分からぬまま、いくら生活が便利になり、経済が繁栄しても、それがそのまま幸せといえないことは、日本が身をもって学んだことです。
試験を乗り越え、就職難をくぐり抜け、結婚、マイホーム、子育て、ローンの返済。その先に、どんな光があるのでしょう。自分や家族が癌になるやら、認知症になるやら、介護や年金の心配も絶えません。想定外の災害や、テロの不安もあります。昔も今も、心の中は戦争状態です。 「頑張れば幸せになれる」「上を向いて歩こう」というフレーズは、右肩上がりだった昭和の一コマでは通用しましたが、今は空しく響きます。日本でも格差が広がり、いわゆる貧困層の割合が増えました。家庭の事情で夢を捨てた少年少女に、生きる希望を与えるのは、大人の役目です。それには、「そのうち、いいことがあるよ」という、根拠のない励ましは無効でしょう。
努力の報われる保証は、どこにもないのに、なぜ学校や塾に通うのか。リストラや倒産におびえつつ、何のために働くのか。生きる目的が分からなければ、自殺を止めることも、テロに走る若者を諭すこともできません。
「なぜ生きる」の答えを知れば、勉強も仕事も「このためだ」と目的がハッキリしますから、すべての行為が意味を持ち、心から充実した人生になります。病気がつらくても、人間関係に落ち込んでも、競争に敗れても、「大目的を果たすため、乗り越えなければ!」と〝生きる力〟がわいてくるのです。
時代と国を問わず、子供から大人まで、最も大事な「生きる目的」を論じた原作『なぜ生きる』は、幸い広範な読者に迎えられました。その核心を、歴史の事実を通して描いたのが、このアニメーション映画です。
朝の来ない夜はありません。どんな人にも、「人間に生まれてよかった」と喜べる日が、必ず来ます。
映画「なぜ生きる――蓮如上人と吉崎炎上」、本物の生きる勇気を届けます。

感動のコメント
映画「なぜ生きる 蓮如上人と吉崎炎上」名古屋試写会にて感動の声続々!
5月25日に名古屋・伏見ミリオン座で行われた一般試写会での感想を紹介します。

90分とは思えない、とても濃厚な内容でした。タイトルの「なぜ生きる」の答えのヒントがたくさんあったと思います。また、映像もキレイで、特に北陸へ向かう道中の風景と音楽が印象的でした。里見さんの声もとてもステキでした。
(20代・女性)
感動的なお話で、いつまでも心に残ります。お千代さんによって、了顕がなぜ生きるの答えにハッと気づいて、晴れやかになった場面がすっきりします。また見にきたい映画でした。
(40代・女性)
今まで見た、NHK「その時歴史が動いた」等、いろいろ蓮如上人のことを見ていたが、今日の「なぜ生きる」は、今までとは全く違った感じで、本当に感動しました。音楽もよかった。
(70代・男性)
荒くれ者だった了顕が蓮如と出会い、仏教を聞くことで生き生きと大変わりした姿が心に残りました。私も学生時代、原作の本を読み、なんとなく分かった気がしてましたが、映画という形で改めて見ると、更に深い内容だと感じました。歴史アニメ、では終わらない、現代の世にこそ、こんなメッセージのあるものが必要じゃないかと思います。題字の書、水墨画がどれもすてきでした。
(30代・女性)
とてもよかったです。感動しました。背景の絵がとてもきれいです。里見浩太朗さんの声が、とてもあたたかみがあって、説得力がありました。後半はとても迫力がありました。アニメでこんなに感動したのは初めてかもしれません。音楽もよかったです。
(年代、性別は未記入)
背景画、人物画、声優、すべてが素晴らしかった。またセリフ一つ一つが、自分にとって大切なことを伝えようと感じられました。涙が出て、心に残る映画でした。
(40代・女性)
背景とか絵がとてもきれいで、おちつく感じがした。歴史のこと、親鸞の教えが分かりやすく、内容に引きこまれるように描かれていた。最近見る映画とは違って、人生について考えるきっかけになる、子供から大人まで、見てためになると思いました。最後はとても感動しました。
(30代・女性)
涙なくてはとても見られませんでした。映画の内容の一言一言が心に残り、大切な人と見なければ、と思いました。命の大切さをあらためて知ることができた映画でした。
(40代・女性)
なぜ生きる、大作感動。しっかり受け止めました。今後の生活に生かしたいと思います。感動、感激でした。
(70代・性別未記入)
よかったです。了顕の表情の変化、気持ちが手に取るようでした。映像もとてもきれい。音楽も身にせまり、感動のラストでした。
(50代・女性)
とても感動しました。あっという間の84分間でした。蓮如上人役の里見浩太朗さんの声に聞き入りました。映像もきれいで、音楽もとてもよかったです。
(30代・女性)
「恩」について考えさせられました。「なぜ生きる」というテーマを、美しい音楽、水墨画のイラストによって表現されていて、あっという間に時間が過ぎていきました。了顕の表情が、蓮如上人のお話を聞くにつれ、明るくなっていく過程がほほえましかったです。また見たいです!! 一人でも多くの方に見てもらいたいので、上映たくさんしてほしいです。
(20代・男性)
とてもきれいなアニメーションと音楽に包まれ、「なぜ生きる」のか、人生について、落ち着いて考えることの大切さを感じました。昔も今も悲しいことつらいことがあるけれど、今からでもやり直せる、と元気になりました。ありがとうございました。
(年代、性別は未記入)